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1000円カットに行ったら個性派俳優になった話

日本におけるコミュニケーションとはハイコンテクスト、つまり文脈や行間を察する文化だという。対して欧米などはローコンテクスト、つまりちゃんと言わないとしっかり伝わらない文化であるらしい。

このタイトルからあなたが一歩進んだ内容を想像するようなら、それがあなたがハイコンテクストな証である。

 

 

何が問題だったのか

まず1000円カットを馬鹿にするわけでなく自分が悪かったという反省がある、ということは断っておきたい。

確かにいつも1時間半ほど時間がかかる散髪が20分で終わったのは異常だった。

比較的長めだった髪の毛をジョキンジョキンと小気味良い音を立て、盆栽のごとくカットするあの理容師も異端だった。

駅前の少し高めの美容室のイケてる美容師に怖気づいた俺が悪かったのだ。

髪の毛に対して縦ではなく、横に、垂直にハサミを入れられてるのを感じた時点でリスクを最小限にするよう努力すべきだったのだ。

 

「個性派」

もちろん個性派俳優を馬鹿にするわけではない。 

個性派俳優と呼ばれる人たちが好きだ。

阿部サダヲとか荒川良々とか古田新太とかスゴく好きだ。

個性のない俳優なんて居るのか、というそもそも論は一旦除けておこう。

個性のないことが個性、のようなメタ認知的な考えも一旦除けておこう。

ここで押さえておいて欲しいのは、

  • 個性派という言葉の怪しさ
  • 重要なのは俺が個性派俳優を目指しているか

という二点のみ。

 

 結果

具体的な話をするとめちゃくちゃ切られてめちゃくちゃに梳かれた。個性派俳優というよりはギークだ。頭に海苔が貼り付いたような、天然パーマの日本のギークだ。

Facebookの創始者、ザッカーバーグは毎日服を選ぶ労力が惜しいという理由で同じTシャツを何枚も持っているという。しかし俺はザッカーバーグのように見てくれを気にするエネルギーが惜しいと思ったことはない。

日本のギークたちおいて美談的に語られることが多いけど、シリコンバレーのワーストドレッサーに選ばれている事実をきちんと伝えるべきだ。そして彼にはそれすら付加価値になり得る能力がある。

同期の反応としては、「攻めたね!!」と「ショップ店員みたい!」の二点である。

 

最後に

自分が別段優れた容姿を持っていると思ったことはないし、I am God's child.なんて思ったこともない。自分は容姿に気を遣うべき人間であり、人様からの見てくれを何より気にする人間だった。今まで容姿におけるナルシズムを持っていた。それが失くなった、ただそれだけの話である。

ただ合わなかっただけなのだ。俺は個性派俳優を目指していないし、ミーハーであるから松田龍平綾野剛のようになりたいと常日頃思っている。

それだけである。

  

 

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